優しさの履き違え

優しさの履き違え

おはようございます

昨日保育園に通う息子が「子供には優しくするんだよね?」と言ってきました。

私は「うん、そうだね。子供には優しくするのがいいね」とは言えませんでした。だって、「優しさ」については仕事でたくさん考えてきたことだったから、簡単に「優しい」と言う言葉を使うのは、その言葉の意味をすり合わせしてからだと思ったのです。

「幼いこともに対して何言ってるんだ・・・。」と思われる方もいるかもしれませんので、私の中にある哲学のようなことを書きたいと思います。

優しいとは?

①相手が欲しいもの、欲しい言葉をあげること。

②相手のことを考えてその人のためになる行動をすること。

私は福祉の仕事を長くしてきました。本来は② のような優しさの支援をしたいと思っていました。②をするには、相手に嫌われたり、その時にはキツい言葉や行動をしないといけないことがあります。

例えで言いますね。

①は、逆上がりができない子に対して、毎回体を持って逆上がりができやすいようにする。もしくは「逆上がりができなくても死なないよ。できない人はいっぱいいるよ」と伝える。

②は、何時間も何日でも練習に付き合い、必要以上の手を出さずに、求められた時にアドバイスをしたり、怪我をしないようにその場所で待機したりすること。

障害福祉の支援をしていて、多くの支援員は「わからないなら職員がやるからそこに置いておいてね」と、利用者さんができずに困っていることに対して、職員が代わりにやってしまうことが多くありました。それって優しさなのでしょうか。

障害福祉に関わらず、対人関係においての「優しさ」は私は②でありたい。息子にもそう伝えました。「その人の未来のことを考えて、ためになる行動をすることが優しさだよ」と。甘やかすことと優しさは違う。

目の前のことに反応してその場しのぎの甘さではなくて、未来に優しい人でありたい。その人の未来の可能性を潰す人にはならないようにしたい。そんなことは未来でしか結果はわからないけども、少なくとも可能性として。小さなチャンスをコントロールできるようになろう。

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